銅鐸民族の悲劇     臼田 篤伸 著)

 ● 日本史上これ以上の悲劇があっただろうか!?

わが国の今日の古代史学の停滞は、弥生時代の年代の混乱や邪馬台国所在地の迷走などに 象徴的に現われているように思う。本書が掲げる古墳時代像についてもその巨大建造物築造の 方法とその目的について、納得のいく解明はほとんどなされていない。銅鐸民族の最重要遺物 =銅鐸の本を開くと、ことごとく「銅鐸はなぜ埋められたか」がメインテーマになっている。 私は『銅鐸民族の謎』(彩流社)において、銅鐸を埋めた証拠と言えるものは何一つないこと を明らかにした。専門家による「銅鐸は埋められた」という固定観念にとらわれていると、 必然的に「埋納」「祭り事」の世界に持っていかれる。よって、この段階ですでに、弥生時代 最高の遺物・銅鐸の解明は迷宮入りとなる。銅鐸出土地の現地説明会に行っても、担当者達は 「神聖な場所だったからここに埋められた」などの説明しかしない。筆者はその度ごとに落胆 しつつ、無味乾燥なわが国の古代史学の現状に失望させられてきた。このことが本書執筆の 原動力となったことは間違いない。専門家は、一般国民が納得する正しい古代史像を指し示して いただきたい。古代遺跡を見学しながら、日本の古代史が有意義に、楽しく学べるものになる 日を待ち望んでいる。

さて、本書はロマンの古代史ではなく、戦慄の古墳時代の姿をリアルに表現することを目標と した。何処の民族紛争の宿命でもあるが、征服された先住民たちには、違いこそあれ、奴隷と して過酷な運命が待ち構えていた。わが国の先住者である銅鐸民族の運命はとりわけ悲惨だった。 450年に及ぶ古墳時代とは、無数の古墳群でおこなわれた嗜虐消耗システムの時代であり、生産 性ゼロの強制労働の時代だった。これらが日本古代史版「収容所群島」に他ならない。彼らは 家畜同然に扱われたのが実体と言ってよいであろう。天孫族の軍隊は男の集団だったので、 女性奴隷のほうに相対的に上位の価値評価が与えられていた。女性は男達を楽しませる性奴隷 であると同時に、支配者の子孫と奴隷の子孫を生み育てる役目を併せ持っていた。 巨大古墳群とは、消耗させてエネルギーを奪い取り、支配者の見世物にするための施設である から、能率よく造り上げる必要性は微塵もなく、むしろ先住民たちに、長期間かけて、極めて 非能率的に造らせる必然性があった。新たな支配者達はその残酷な様を眺め楽しんでいた。 これが450年の長きに及ぶ“暗黒の古墳時代”の正体だったのである。

今日の被差別部落のそばに古墳群が多いことを指摘する学者が最近増えてきた。本書では 古墳群の多くが、銅鐸国家群とも密接不可分であることを明らかにした。銅鐸民族の滅亡に 伴って特定の場所に強制移住させられた結果生まれたのが、原初の被差別部落であったと見る のが自然ではなかろうか。銅鐸国家群、すなわちそれは弥生時代を築いた主人公の国々だった。 彼ら全体が天孫族によって壊滅させられ、先住民型奴隷として辛酸をなめさせられた場所が 無数の古墳群だった。わが国古代史上最大の民族紛争の結末=「弥生時代と古墳時代の巨大 断層」とは、わが国の歴史に最大の汚点を残す出来事だった。

最後になるが、諸々の学術分野における進歩発展には、研究者同士が互いの考え方を闘わせ、 切磋琢磨することが必要と思う。残念ながら、ほとんど同じ顔ぶれの専門家がいつも登場し、 その時々の話題について解説を行っている分野も見受けられる。一部の権威者達によって形づく られた日本の古代史世界の現状は、主観的歴史観が蔓延していて嫌気がさしてくる。弥生時代と 古墳時代の巨大断層とその原因をしっかりと見据えた古代史観がどこにも見当たらない。 アマチュアとして、それをやる使命を与えられたと考えた結果生まれたのが本書である。 わが国歴史上、未曾有の熾烈な民族紛争の産物“古墳時代”と、そこに登場する“二人”の 主役・銅鐸民族と天孫族の運命を具体的に明らかにできたと思っている。